私はそれほどAVを見るほうではないのですがそれでも巨乳だけにしぼって見ているうちにけっこうな数の方を見てきたものなんですねえ。今回も懐かしい方からわりと最近の方までを拾遺してみました。
藤尚美
AVとしてはおもいきり古いところの方をお一人紹介しよう。1981年はまだAVとポルノと裏ビデオの区別が混沌としていた時代である。
AVと裏ビデオの関係はニワトリと卵のようなところがあり、その後一般的になったAVの撮影時に同時にセカンドビデオカメラで撮影したものを裏ビデオとしてビデ倫を通さずに販売する商売方法が一般化してからはAVが先ということになるのだろうが81年当時アンダーグラウンドで裏ビデオを専門に作る人たちがいて、82年に裏ビデオというものを世間に有名ならしめた「洗濯屋のケンちゃん」やその年名作として知られその制作集団が警察に逮捕されたことでも有名になった「コンバット」などが登場することになる。
ちょっと解説に行を割いてしまったがこの名前を思い出せない巨乳さんがいかにAV登場当時の不安定な時期にいたかということである。11PMで「この体は見せないのは罪だと思った」と藤本義一さんに話していたことを覚えているが巨乳がきわものとしてしか一般のテレビでは扱われていず、一般の人にアピールするための受け皿すら無かった時代の苦労がしのばれる。
注)名前を教えてくださった方、どうもありがとうございました。
豊田香理奈
今では何のためらいもなく「小さくてかわいい胸だね」と言ってしまいそうになるが、80年代の前半は巨乳さんにはこのての体型の方が多かったようだ。痩せてはいず、かといってポチャでもないのだが潜在脂肪は相当にある、すなわち体脂肪計に乗ってしまうとかなりの数値になるようなタイプとでも言えばいいのかな。
したがって胸もどうしても張りや弾力はなくやわらかいマシュマロテイストなものになる。だから仰向けになってしまうと流れきってしまって物足りなさが出るものの普通に体を起こした状態で後ろから抱きしめたらやわわかくてとても気持ちがいい感じでしょう。まだ息長く活躍されているようですね。
水野はるき / 鈴川玲理
AVにおいてこの胸の大きさのクラスはまさに激戦区である。女子柔道なら48Kg級付近とでも言えようか。胸の大きさだけを売り物にすることはできないレベルなのでその子なりの美しさや個性、エッチそのものの演技、すなわち本来のポルノグラフィーで必要な要素で勝負をしなくてはならない。
そもそも巨乳のみを鑑賞するフェティッシュなAVのほうが正統派ではないのだからこれは当たり前のことではあるのだが。
二岡ちなみ
なんたって二岡さんはこの乳輪、乳曇である。CDシングルよりも大きく(いや普通のCDくらいあるかもしれない)色は胸にグラデーションで溶けこんでいく、それこそ微乳の人の乳房全部と同じくらいの面積を乳輪だけでもっているすごさ。
後ほど登場していただく夕樹怜奈さんと共に大きな乳輪が好きな私としてはこのような人に是非プライベートで会いたいという夢を抱いております。
山吹ケイト
外人のような名前だけど別にハーフではないですよね。(ちょっとよくわかりません)仕事中でもブランドもののことばかり考えて昼には同僚と男の話、いろいろな遊びもやりつくしてるちょっとやる気のないOLさん、といったリアルな妄想を抱かせてくれる彼女。
エッチもとても現実的妄想にひたりやすいリアルでまったく演技っぽくないところがいいですね。巨乳度合いはそこそことはいえ、もし職場にいたらもう気になって気になってしかたないことになるのではないでしょうか。今回は巨乳好きが一番あこがれるこのシチュエーションを連続画像で。
藤沢なるみ
風船のようにふくらんだ、という表現がまさにぴったりくる藤沢さんの巨大な乳房。ところが意外とマニアの間でも大好評というわけでもないようなのはなぜなのだろう? 体のあちこちにある傷やら不思議なできものなど汚れた良さがあまり受け入れられないためなのだろうか。
私としては彼女が日焼けサロンでビキニのあとをくっきりつけて焼いてしまうことだけが少々残念なのであるが。
高嶋陽子
乳房の大きさをブラジャーのカップサイズで表そうとしてもある程度のところを超えるとあまり意味が無くなるという理論は以前書いたところであるが、セックスをするにあたって胸で遊ぶときにもある程度を越えると手や口にあたる感触はさほど変わらなくなるものかもしれない。
だからその点においてはこの程度の大きさがあれば充分なのかなあという気もする(Iカップをもって”この程度”というのも相当麻痺した感覚なのかもしれませんが)。だからそれでもなおより大きいものをと望む感情はエッチとは厳密には異なるものなのかもしれない。それは自分でセックスするのではなく傍より見る第3者的心理であったり着衣を眺めて想像する心理のほうが勝っている場合ということであったりもするのだろう。
実際に恋人が高嶋さんのような胸を持っていていつもその暖かくてやわらかい膨らみが抱き合ったときに最初に自分の体に触れるなどということになればその女性がかなりのわがままだってきっと我慢できるのかもしれない。
森川珠里
高嶋さんの項で書いたように巨乳へのあこがれは必ずしもセックスと一体ということでもない。この珠里ちゃんの着衣姿などは右のエッチをしているところよりもはるかに様々なことを想像できる。
街を歩く女性を見るときにもこのようなサイズを標榜しているAV女優やグラビアアイドルの胸をベンチマークとして「ほぼ誰と同等の大きさだろう、形は? 色は? 乳輪は?」とすれちがうわずかな時間で頭の中のCPUをフル回転させるのである。
珠里さんは公称G、高嶋さんはIでちょっと見た目に疑問は残るが街で出会うこれより大きい着衣巨乳の人がJ、Kあるいはそれ以上の大きさなのだと思うとほんとにそういうものがほしいなあ、とたまらない気持ちになるでしょう。
岡本
どこでも見かける女の子どうして買い物をして歩いている子、特に美人でもないしナイスバディーでもないし、特別おしゃれでもないし、しかしそんな凡庸さもただ一つの宝物ですべてふっとんで最高級の女性になれる。
なんのとりえも特技もプロフィールも必要なくなる力わざ、いくらテレビのCMやドラマで今をときめくアイドルが微笑んでいたって私はあっさりこの子のほうを選びますから。
南麗奈
やわらかいふわふわタイプのおっぱいの子はなぜか色もすごく白いのはなぜなのだろう?まさか脂肪の色が浮き出しているわけもないのだろうが不思議な傾向である。
さて、ふわふわおっぱいの麗奈さん、どうしても迫力は出にくいものの思いきり抱き合って体を密着させたら気持ちよさそうなのもこのタイプの胸である。ふわふわおっぱいは右のように横になったときの形のひしゃげかたが味があっていいなあと思うのだがどうでしょう。
美鈴ゆうか
ゆうかさんの全身を見たとき背の高さや体の大きさに比べてそのアンバランスに大きな胸にはなかなかどぎもを抜かれてしまった。どう言い表したものかと思うが例えば「まるで豊胸をほどこしたような天然巨乳」というのはいい誉め言葉ではないだろうか。
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