ラブさん

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これは自分の勝手な憶測であるが、工藤さんがこのけた外れの女性を見いだして撮影されたとき、もちろんこの乳房の素晴らしさは異を差し挟む余地などないのであるがそれでもなお自分が抱く、あるいは抱かれるといった私的欲情をあまり感じなかったのではなかろうかと思えた。

これはもちろん憶測にすぎない、しかし直截的欲望を抱く前にまずこの胸はこれまでの巨乳とは見るための意識のパラダイムが変わらないとどうしても今までみたことのない自然の造形物、あるいは芸術を見る気持ちのほうが上にきてしまうのではないだろうか。 多くの胸を真剣に見続けてきたカメラマンであればなおのことではないかと推測している。

アメリカなどでしばらく暮らすとほどなくアメリカ人女性の胸の大きさには慣れてしまうのだがそれなのにそんな中で日本女性に出会うときちんと元の感情が戻ってくる。 しかし日本女性そのものの平均レベルが高くなったとき意識はどのように変化するのであろう。 今後の自分を含めて興味あるところである。