巨乳を考える日々の讒言 その22

2005年年頭に

トップメニューで案内をさせていただいたように昨年12月に突然入院となり手術を受け、現在療養しております。病気は他ならぬ癌なのですが、癌だったためというとではなくともこのような目にあってしばらく特別な環境で過ごすとそれまでとは違ういろいろなことを思うものです。

トップページの挨拶でも書いていることですがこのところ奈良の少女誘拐殺人にはじまり固い職業とみなされるような立場の人による盗撮や痴漢、強制猥褻行為などのニュースが頻繁に報道されているのを見るにつけ世間が「変質」や「性犯罪」の一言でかたずけるおそらくはこれらの犯罪の根本にあるその人の「性的偏執」についていろいろ想像するようになりました。

巷には私のような胸フェチを含めて周囲からマニアと呼ばれてしまう偏執な人が多くいるわけですがが実際にそのような自分のフェチを満たすような対象と交際したりできる人は別としてそうでない人たちはみなグラビアを見る、ビデオ、DVDを見る、風俗に通う、などの方法により犯罪に走るようなことなく生活を維持していると思われます、犯罪を犯してしまった一部のフェチにしても最初から犯罪者になりたいと願っていたわけではないでしょうし様々なヴァーチャルな手段を用いてその欲望を満たそうとしてきたのだろうと思われますが、しかしアニメやビデオ、グラビアなどマニア内部の自分を滅ぼす圧力を逃がす役割をしていたものがだんだんその力を失いつつあるのかもしれないと感じられます。

おっぱいフェチは幼女愛好などに比較すると対象を成人女性に求めることができる分犯罪には結びつきにくいフェチと言えますが、グラビアなどがフェティシズムを満足させてくれなくなってくるというような面では同じ現象が起きているように思われます。いかな上質のモデルのビデオがあってもすぐ2軒隣の家に干されている女性のブラのほうがはるかに自分にとっては偏執欲をかきたてる実存でありもしそれを盗んだとて捕まらずに済むのでは、という判断が自分の中に生まれて次第にとれるリスクであると確信してしまう。

そして「盗む」ことがよくないことかという思考が無くなってしまい「どう盗るか」という方法論のみが頭を占めてしまうようになる。そのようにしていかにきちんとした仕事についていて当然常識もあるはずの人であってもこのような行為を行ってしまうことは容易に想像できるところです。

フェチは一人で長く暮らしていることで病状が増悪するものであるらしいということは私自身よく感じているところです。結婚であったり子育てといった自分の内面が嫌でも他人と深くかかわるような関係を持たず、職場での仕事に関する表面的な関わり以外は自分と同じ類のマニアとだけネットなどで長い期間交流していくうちにいつのまにか自分が周囲といかに異質になっているかということに気がつかなくなってしまうもののようです。逆に言えば無理に形からでもまともな生活をすることもフェチを矯正する有効な治療の一つであるのかもしれません。(もちろんかえって抑圧と爆発により人生が破綻してしまったりすることもあるわけですが)

巨乳フェチに限らず偏執などは一般に真面目に考察されることなどないものですがしかし偏執は当事者にとっては人生をも左右しときには破壊してしまうこともある大問題です。誰しもなんとか幸せでしかも正しく生きられたらそれに越したことはないのですが、フェチは絶対に治らない、というのももしかしたら誤りでフェチであるまま幸せになることだけでなくフェチでなくなることもでき得るのでは、少なくとも程度が軽くなることは可能なのかもしれないということも考えるべきなのでしょう。もっとも今の私にもそれは全く実感の外側にあることなのですが。

 

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世界一の巨大バストモデルなどという番組名を見ても ああどうせまた人工乳モデルか、とさしたる興味をそそられないもののそれでも一応は見ておこうかな、などとチェックしてしまう悲しい習性がまさにテレビ局の思う壺なのであろう。もっとも今年は天然の巨乳女性も登場しており見た甲斐はあったというところか。

 

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いずれためのこんだ下着カタログを時代ごとに整理するのもいいなと思いつつ思うだけという状態である。これは昨年冬のもの。大きな胸をコンパクトに見せるというコンセプトは実はそう新しいものではない。しかし昔はどちらかと言えば肥満めになってきた中年以後の女性を対象としていたが最近では10代くらいの女性からこのことは重要な機能になっているようである。

 

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ファインダーを覗きながら撮影をしていたテレビカメラマンも絶対意識するんではないかなあこの瞬間。あたくしにはこの仕事はできないなあと思いましたですね、絶対悪事に走ってしまいますから。(テレビに出たものとはいえモザイクはかけておきました)

 

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これは外人さんの写真であるが、おそらくぽちゃ巨乳フェチには総じて好まれるタイプであろう。大きさをとにかく優先する時期にあってはその先のプラスアルファはなかなか自分でも意識ができないものである。自分が満足できる大きさのものが出そってきたあたりから初めて自分がどういうものに芯から反応するかが見えてきそうである。

 

良識ある意見

先日少しつきあいのあった方のブログを読んでいたらこのごろ写真週刊誌であふれているスポーツ選手のグラビアについて苦言を呈している記事があった。シャラポアさんや安藤美姫さんなどのセクシーショットはここのところ毎週雑誌に掲載されているが当氏は自分も男子ゆえそのようなすけべ心はあるが雑誌はスポーツ選手のそのようなセクシーハプニングショットのようなものばかり載せるのは本人に失礼であり本来スポーツ選手としての魅力が感じられるような写真こそ掲載すべきである、といった主旨のことを書かれており、これはもうごもっともでなんら反対意見を言う気もないが、さりとて低俗なフェチを自覚する我身としては 自分も反省してこのような目でスポーツ選手を見るのは慎もう、などと言う気持ちなど全くおきないこともまた事実であり、だれを見ようと自分は胸しか頭にないのはもう業病と思うしかない。

真面目な仕事の会議中であったとて斜め前に見事な胸が見えればもう頭の半分で会議に参加しつつも半分はトリップしてしまう。こういう私のようなやからのニーズがあるから雑誌もこのような記事で売り上げ部数を伸ばすことができるわけだがときにはこのような良識ある見解に触れておかなくてはどんどん自分が変な人間になっていってしまうようでこわいこともある。

電車内でスカート内を覗こうとした大学の先生、テレビキャスターが「なんでそんなことをしようなどという気になるんでしょうね」というコメントをするほうの気持ちのほうを私はまったく理解できないのだが理屈でも心からこのように思っている人もいるのだということを覚えておかないとそのうちいずれえらいことをしてしまいそうなのである。

 

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上の文とやや矛盾するようにとられることを書くが、このような胸に魅力を感じるのはアスリートゆえということも重要である。普段不健康なものに惹かれることも多々あるが健康・力強さと同居する豊かな胸というのは自分の遠く及ばない世界のものを見る楽しみをくれるものである。

 

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甘えっ子なぽちゃ巨乳フェチさんの憧れるシチュエーションでしょうしっかりと太股で身体を押さえられ、逃げることも抗うこともできずに意のままにされる喜び、、

 

MY MYSTERY

先日実家に戻ったおりに小学校のころの記憶で今の自分にとって謎の一つであったことがらについて資料を一つ発見した。

下の写真であるがホッテントットの女性はそのすごく垂れ下がった乳房普段両肩の上に乗せてかついで歩いているということを何かで読み、その写真も見たのであるがそれが何であったのか。下の写真は肩にかついではいないが垂れた乳房については見てのとおりである。昔の平凡社大百科事典より拝借させていただいた。

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錯覚もまた真なり

たとえばこの南キャンのしずちゃん、冷静に見たらD~Eカップ程度であろうことはわかるのではあるがしかし数値データからは読みとれない、胸フェチを引きつける「大きいいと感じさせる要素」を持っていると思われる。そしてこのことをして、それは本当の胸フェチではない、と決めつけてしまうとフェチの根元を考える上で重要なことを切り捨てることになってしまうのではと常々考えているところである。

所詮人間の感覚は錯覚や思いこみの入り込んだ曖昧なものなのだ、などと結論づけるつもりはないけれども錯覚や思いこみを惹起させるものにもある規則性のようなものはあるのではと考えており、それらが「豊かな胸」と感じさせる原因になっているのであろう。それをなんとか見極めたいのですが、、

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キャプ画像どうもありがとうございました

 

ブラジャーの役割の複雑さについてあらためて思う

まだ未開の地では女性が乳房を隠さずそのままにして生活しているところがある。そして先進国の一部では乳房をぎりぎりまで露出させるファッションも当たり前になっている。 乳房を隠す物 と当然のように誤解しているのはむしろ男性のほうであって本来のブラの第一義的役目は「保護」であるはずでその後すぐに衣服を着たときの胸の見え方を整える、つまり「整形」の機能が加わったのではないだろうか。しかしながら「隠す」という役割はじゃあ不要なのか、と言われるとそうではなく本来性器ではない乳房が隠されるに至った文化的歴史的な経緯はやはり乳房と男性の関係によるものと思われる。私たちはどうしても過去をその時代のの感覚で見ることはできず、今の自分たちの尺度で見てしまう、そうでなくなるには相当の訓練が必要であろう。

おそらくは過去には今以上に女性が身を守るために胸を隠さなくてはならない時期があったのではなかろうか。そして今、女性がグラマラスファッションを楽しむ時代になってもなおその根底に過去の何かが流れているものなのかもしれない。

 

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見てはいけない?

盗み撮りだとかそういうややこしくなる話は今回はなし、純粋に「見る」ことだけについて。

ツッパリ学生(死語ですが)などが昔よく言っていた「ガンとばすんじゃねーよ」とはつまり「見る」だけでも喧嘩売ってやがるのか、とか馬鹿にしているのか、といった意味合いであるが、とある胸の大きな女性のHPを読んでいたら「じろじろ見られるのはもちろんのことチラ見さえ不愉快で許せない」という主旨のことが書かれていた。なるほど、そういう思いの女性も多いのだろうなあ。しかし「見るな」は少々無理のある要求ではあるように感じられる。

じろじろ見るのは「マナー上」確かに気持ちのいいことではなく、これは顔であってもそうであるので、前記の「ガンとばすんじゃねー」も心情としては納得いくところもある(その対抗手段は困りもんですが)。ポイントは顔を見ることと胸を見ることではどう違うのか、というところである。もちろん普通に服を着ているところをただ見るだけの場合についてである。

顔に自信のある女性は街で男性が自分を見ていることは内心誇らしく感じているのであろう、これをしても見ないでほしいというとなるともはやその気持ちのほうが屈折しすぎであると思うが胸の場合にはたぶん顔よりも性的欲望に直結していることだから女性からするとそのような目で見られたくない、ということになるのろうか、あるいはそのように回りくどいものではなく、もっと直截に「胸が大きいのはイヤだ」、それは欠点でしかないのだ、だから人の欠点をじろじろ見ないでほしい」という気持ちなのだろうか、もし後者であるとしたらなんとも残念きわまりないというかそのような気持ちは是非消し去っていただきたいものである、だが前者とするとそれはあながち間違いではなく、顔を見る心理とは異なっていることは認めざるを得ないわけだが、ならばもう顔であろうと脚であろうと「女性を見る」ことをしてはいけないと言っているのと同じ出はないのか?とこれが詭弁であることは自分でもよくわかる。確かに顔を見られても男の下心は露骨に見えないが胸となると何も身につけていないごとくそれが感じられる。それだから始末が悪いのである。

この夏は昨年にも増していっそう谷間や上乳を見せるファッションをしている女性が増えたようである、そのような女性のほとんどがB、C、Dといった程度のサイズの女性のようであり、本当に大きな胸の女性はなおひたすらカムフラージュに努めている人が多い。大きいことが恥ずかしいことではなくなる日が来てほしいような、来てほしくないような、そんな複雑な思いである。

 

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じろじろ見てすみません(W これは顔出ししてい俯瞰なので気が楽です。

 

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こういう姿で街を歩くからには当然誇示したい気持ちはあるということなのでしょうねえ。なのになぜか女性の心は疑問文、、

 

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やや外に開こうとするとがったロケットおっぱい。 気に入ってしまいました。熟女の魅力的着衣巨乳の典型の一つですがしかしなかなか出会うケースが少ないものですね

 

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きれいな人、かわいい人を見ればもちろんきれいだな、かわいいなとよい気分にはなる。しかし巨乳な人を見たときとの決定的な違いは自分の中の芯の部分を揺るがすかどうかである。かわいい人を見てもその子の胸がある程度の閾値を超えないと自分の中のコアであるどろどろとした感情はわき上がらない。それはそれで穏やかでいられるのでいいことなのだけどね。さて、このお胸微妙な境界線付近?

 

晩夏

ようやく外に出ていくらか歩き回ることもできるようになった。しかし暑い日は体力が消耗し長くはもたないな。

交差点で点滅しはじめた青信号を見て小走りで横断歩道を渡る人たち、その中に右腕でしっかり両胸を揺れないようにかかえて走る女性の姿を見つける。自分が死ぬときおそらくは唯一の後悔がこの胸への思いをついに一度もかなえることのなかったことであるなどとは、他人が聞けばなんと馬鹿馬鹿しくそしてやりきれないことであるか。なのになぜこの身体は呪縛にかかったごとく動かないのであろうか。

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