麻生ようこ

麻生ようこ

純粋に歌手であってグラビアモデルなどやったこともなかったであろう麻生さん。写真ににじみ出るまるで普通のカップルが写真を撮りあったような雰囲気がいいなあ。思い出すままにだらだら書きたいことはたくさんあれどあえてやめておきましょう、海の色があまりにあのころのままなので。

 

茂野幸子

茂野幸子a 茂野幸子b

2003年に老舗繊維メーカーも毎年行ってきた水着キャンペーンガールを廃止しここでも時代は変わったのだなあという思いである。

水着キャンギャルで私が一番古く思い出されるのはユニチカの手塚さんあたりからであるが、その後日本の水着モデルも徐々に胸の豊かな人が増えていったがあくまで女性の側から見てのバランスも要求される水着キャンギャルゆえとびぬけた爆乳さんというものははいないのはいたしかたない。

しかしその中にあってこの茂野さんの胸の豊かさには驚かされたものである。女性の目から見てもこのクラスがなりたい姿として現実的にイメージされるようになってきていた時期になっていたのでしょうか。

(右画像はいただいたものです、どうもありがとうございました、左は茂野さんがちょうどキャンギャルに採用されたときのものです)

 

矢田あすか

矢田あすか

おっぱいはもちろんのこと肩から二の腕への丸みがおっぱいとぴったり融合している。AVの方でであるがAVを見ないでイメージビデオがみたいと強く思ったがそういうことが実はまったくかなわないことなのである。そんな点でも私はマイノリティーな巨乳愛好者なのだろうか。

 

ケリーマリー

ケリーマリー

洋乳マニアにはもう定番中の定番の「蹴り鞠」さん。こうして見るとやはり日本人女性とは本質から違っている。

日本人が黒人と100m競走をしても永久に勝てる日など来るとは思えないように何年たっても乳房の大きさで西欧女性に追いつけるようなものではないのかもしれないがしかしおっぱい観賞においてはそれが別に絶望につながらないところも不思議ではある。外人を見ることと日本人を見ることが最初から違う行為として脳が行う、というのもまた面白いことですね。

 

ルールー / スイーティー

ルールー スイーティー

日本ではネット上ではかなりのページがあるものの現在氾濫している巨乳愛好の中で未だアンダーグラウンドの立場にある「豊満爆乳」。同じ巨乳愛好でありながらグラビアアイドルマニアなどからはかなりかけ離れた性質のグループを形成しており、風俗アイドルマニアの中でもさらに限られたフェチの集団である。

「偏愛」という面ではこちらのほうが明らかに重症患者たちが多いと思われるが自らが重症のフェチであることをもよく自覚しているのでひっそり他のグループのことには口出しせず黙々と自分の嗜好のおもむくまま邁進しているところもまた特徴であろうか。

 

小泉里子

小泉里子

水着キャンギャルに選ばれた高校生、ということでどうせプロポーションがよくて端正な顔立ちでさわやかで手足とかも長くて整ってるんでしょう(おわかりのようにマニアからするとこれはあまり誉めてはいない言い方である)と思いビデオを眺めていたらそれほど大きな胸ではないのにけっこう乳房の存在感があるのであれ?と思ったわけである。左右の乳房の間の隙間がいいのでしょうかね。

アニアにとって触れたり抱き合ったりするのにはまったく不十分な胸であることは明らかなのだけど結局「見る」だけならばこれもアリということなのでしょう。あたくしも歳とって丸くなってきたんでしょうか、春日井静奈さんによろめいた前科もあることだし(笑

 

有賀みほ

有賀みほ

おっぱいにいろいろな表情があるなんて言ったところで顔の表情に比べたらはるかにみんな同じものでしょう?そうかもしれないね、確かに。

でもいろいろなタイプがあって個性的だからいい、ということではないんだな。みな同じようなものなのにそれでもその人の胸にあこがれてしまう普遍性と個別性が一体になっている、そんなものなのではないかな、まだうまく言えないのだけど。

 

山口智美 / 中江千世

山口智美 中江千世

いくぶん90年代の前半から中盤にかけての写真はマニアにとていけそうでいけないようなもどかしい気持ちが伴うものが多いのだがすでに80年代の末にGカップの時代に突入したものの、その頃にローティーンだった女性たちの胸の大きさの平均レベルが上がってくるまでの安定期間であったためとも考えられる。

この時期の「巨乳」クレジットで最も多く登場するのがこのEカップあたりの大きさであるが谷間の時代ととらえられかえりみられることの少ないこの時期の子たちもときには思い出してあげてください。

 

霧島レイナ / 持田薫

霧島レイナ 持田薫

二人ともテレビの深夜番組や雑誌のおっぱい特集でおっぱいのアップ写真を提供したりおっぱいで遊んでみせたりしていたものだが2000年を過ぎて改めて見てみるとなんともかわいい胸である。

霧島さんのぷっくり隆起乳輪は言うまでもなく私の好むところだがこのタイプは乳房そのものの密度もわりと高めで弾力のあるものが多いようですね。

 

田村りおん

田村りおん

私は90年代の中盤、95~96年ごろを「氷河期末期」ととらえているが翌年頃から始まる爆発的な巨乳アイドルブームの印象が強すぎるためになおさらこの直前の時代の思い出が薄れてしまっているようだ。

私自身ビデオを購入するに至らなかったアイドルはたくさんいるのだがそういうものを拾遺してゆっくり観賞したいなあ、というのが今のどうしようもない慌ただしい生活の中で持ち続けている無理っぽい願いでもある。

 

遠野奈津子

遠野奈津子a 遠野奈津子b

その日は仕事でつきあいのあった人が招待をしてくれて都内の華やかなクラブでその人が馴染みにしていた女性といっしょに飲みにいったのだが、その女性はちょっと田舎の野暮ったさの残る地味な器量、そしてあふれ落ちそうな豊かな胸をしていた。

カラオケで歌う歌が都心の華やかな店で仕事をしている子にしては不釣り合いに下手でそれがまたかえって近づき易い親しみを作り出していたはずなのに、、したたかに飲んで残りわずかなお金を豪勢に一人で乗るタクシーに使ってしまった。 別にいいんだ、これで。

川を越えてしまえば都会のことはみんな他人事、しばし森や空き地だけが続く国道を走ると慣れた街のささやかな灯りが見えてくる。今日一番よかったことと言えば自分の気持ちを気づかれずに済んだことなのか、、

 

渡辺里緒菜

渡辺里緒菜a 渡辺里緒菜b

なぜあの胸はあんなに弾んで揺れているんだろう、、 しばし私は立ち止まり今その子が通りすぎた後ろ姿が小さくなっていくのをぼんやり眺め心の中でつぶやいた。

若かったらなあ、、もちろんその言葉の無意味さは自分でも充分わかっている。若くても無為に時は過ぎるもの、実際そうであったのだし。しかしそれでも最低限の何かの「理由」を求めるように私はそのみじめすぎる思いを歳のせいにしようとする。

その胸の手ざわりは思い描くよりきっとがさつでところどころにできものや傷があるのかもしれないけどそれさえもまるで若さを誇示するように鮮やかに赤いのである。

 

若林奈美子

若林奈美子

98年ごろから突如洪水のように始まった巨乳ブームのおかげでせっかくいろいろな味のあるおっぱいの女性がゆっくりと観賞することもできないままになってしまっているのは残念なことである。

私がこの子が気になってしかたないのもきっと何か個人的な記憶とリンクするところがあるからなのに違いないがこのようなことがアイドル(偶像)と日常との接点の一つなのではなかろうか。

 

マリリン

マリリン

1986年、アイドルグラビアから豊乳な子がほとんど姿を消していたころしかしAVや風俗においてはF、Gレベルの巨乳ムーブメントが着実に進行していた。80年代の巨乳風俗の象徴的な店が吉原のD-cupコレクションであり当時はバチェラー誌でもこのころ毎号必ずこの店の子を紹介していた。

写真でトップバスト計測中のマリリンさんについても今でもその思い出を語る方が多くいらっしゃるようです。

 

ダイアン

(すみません、名前の記憶が不確実です)

ダイアン (すみません、名前の記憶が不確実です)a ダイアン (すみません、名前の記憶が不確実です)b

60年代の雑誌のグラマーフォトは外人モデルの写真無しでは成り立たなかったし実際当時の男性が求めていたグラマーフォトはまだ日本人女性ではなかなか満足できるレベルの人が少なかったのであるが今当時の外人女性の胸を見るとほどよくかわいくほどよく大きい、ちょうど2000年ごろの日本女性の胸を見るときととても似た気持ちで見ることができるものが多い。

私ももっとがんばって切り抜きをとっておけばとは思うものの金のない中学生ではこの程度がやっとでありました。のちに外人巨乳は巨大な釣り鐘型あるいは水風船型一色になったがそこに至る前のこのようなお椀型もよいなあと感じています。

 

岡みちる

岡みちる

GOROとほぼ同時期に創刊されたドンドンはGOROよりは明らかにB級の雑誌だったと思われるが私はけっこう気に入ってよく買っていた。なにやらいいかげんに題名つけたようなグラビアが巻末のほうに載っていたりしてね。

 

滝清子

滝清子a 滝清子b

60年代のグラマーさんはOSKのようなダンス出身の人が多く、その傾向は70年代の初頭まで続いたようである。どうも私は松竹にしろ何にしろこのあたりの知識がとぼしく小さいころ「東京おどり」とかいう吊り広告を見て「???」と思っていたものである。

東京音頭なら知ってるけどなあ、そうそうこの東京音頭も決してヤクルトの応援歌じゃなかったんですよね。とまあ今回は脱線しまくりですが。

 

杉本エマ / 真理アンヌ / 片瀬きよみ

杉本エマ 真理アンヌ 片瀬きよみ

60年代の末から70年代の半ばまでの時期のグラビアはハーフ、あるいはクォーターといった混血モデル、タレントの全盛時代である。

かたせ梨乃さんが登場した後もなお純粋な日本人ナイスバディーだけではまだまだ需要がまかなえなかったため引き続き混血モデルは多く登場したがそれ以前はもうほとんど混血女性無しでは成り立たないほどである。欧米人グラビアとは明らかに質が違うオリエンタルなおっぱいは親近感を感じやすくて今みてもとてもいいですね。

 

サマンサフォックス

サマンサフォックス

サマンサなら他にカラーでいくらでもいい画像はあるだろうになんでよりによってこのモノクロ写真をと思われるかたも多いかと思うが私の中ではサマンサの代表的な写真はこれなんです。

 

麻生れい子

麻生れい子

私はサントリーレッドは悪酔いしやすいという先入観、というか経験からくるトラウマがあってもっぱらトリスを飲んでいた。安いしね。先日久しぶりに飲んだらなんか味が薄いような感じがして今はもっぱらブラックニッカである。750円だから当時に比べて安いくらいだろう。

もちろんこんなおっぱいとこんなふうにいっしょに飲んだことはありません。退廃っていうのはどこまでいっても当たり前にしか生きられない人間には刺激と魅力あふれる世界ですな。

 

飯島みゆき

飯島みゆきa 飯島みゆきb

前への突き出しが無くて横からみるとほとんど巨乳さんとは思えないふわふわさん、でもすごい揺れるんです。このタイプはおっぱいだけではなくその周囲全体がいっしょになって魅力を出すものなのですね。

限りなく普通っぽいかわいらしさが好きだったなあ。

 

海津知香

海津知香

はい、また90年代ですね。ああ、しかし巨乳史、巨乳史外伝の掲載人物をすべて年代順に並べなおすという作業をあたくしの代わりにやってくれる人がいたらいいんですが(笑

もーぜんぜん苦手な感じな方ではあるんですけど、なんというかあまり近くでうろちょろしてほしくない小癪なおっぱいさんです。

 

エレインレイノルズ

注)今回画像はオリジナルスキャンではなく拾わせていただきました

エレインレイノルズ

サロン掲示板での書き込みでこの大事な方の存在を思い出して少々うろたえてしまった。50s特集のところに当然掲載しておいてしかるべき重要な存在である。私も文庫版のPLAYMATE一覧の本でよく見ていたのだがその名前を失念していたのである。

PLAYBOYのセンターフォールドの長い歴史上でもトップレベルの素晴らしい胸のエレインは1959年10月、まさに50年代の最後に登場しているところがまた象徴的と言えよう。60年代に泥沼のベトナム戦へとはいっていくアメリカにとっては50sが「古きよき時代」と言えその時代の最後に登場するまさに珠玉の50sバストである。

当時日本で実際に輸入された雑誌でこのグラビアを見た人の数はあまり多くないと思われるが見たときの衝撃はいかばかりのものだったろう。同時にアメリカの男性が持っている母性への憧れがうかがいしれるどこかほんわかした雰囲気をたたえる写真であることも感じとれたのではないだろうか。

 

さやか美季

さやか美季

だいたいおっぱいの出ている写真が猥褻だなんておっぱいに失礼だろうが、とよく昔から思ったものであるがしかしだから出しっぱなしでいいかといえばそういうことはないですね、と私も思います。

これが常に透けて見えていたりしたら男性も他のことが考えられなくなってしまうのでときどきのご褒美として隠しておきましょうね。そんなふうに思うのが一番いいのかしらね。

 

森野真美子

森野真美子

このグラビアのときにはもう別の名前にしていたのではあるがあえてCHU-DOG時代の名称で掲載をさせていただいた。

この胸は私のようにどこからぶつかっても衝撃を吸収してしまうようなタイプが好きな者にとっては危うく脆い魅力であるのだがそれでもなおおっぱいそのものが持つ強さはしっかり感じさせてくれるのがいいなあ、と感じています。

 

泉京子

泉京子

実を言えばさほど巨乳ではなくとも豊かさや安心感を与えてくれるような胸の女性が増えていく、あるいはそのように自分が感じられるおっぱいが増えていくことによって自分が縛られている大きな胸への思いになんらかの突破口が開かれたらなあ、というのが一つの希望でもあるのだがしかしそう思えるのがほんの一瞬であったりすることもあり、やっぱり自分はより豊かなものを求めてしまうように思える。どうしたらここに留まることができるのでしょうねえ

 

藤谷しおり

藤谷しおり 藤谷しおりb

外伝ではなく本編に入れようとしていたにもかかわらずうっかり忘れてしかもいつでも掲載できると思っているうちに延び延びになってしまっておりました、どうもすみません。

などと言うのも変か。うちのページに掲載されてうれしいなどと思う女性などいらっしゃらないですよねえ。それにしてもなんと完成された自然の造型物なのでしょう、、

 

エリザベス・シュー

エリザベス・シューa エリザベス・シューb エリザベス・シューc

インビジブル(邦題)などでひどく気になるおっぱいを見せてくれていたシューさん。中年にさしかかり胸以外の周囲にもほどよく脂肪がつきはじめたころの女性の絶妙な魅力、もちろん外人女性としては巨乳のレベルではないがしかし胸の色気、オーラがしっかりと出ているのでいいなあと感じました。

 

北村みえ

北村みえa 北村みえb

もっとよい画像が入手できたらそちらに置き換えるつもりですがなかなか難しいです。今年の夏に一度だけ水着姿を見せてくれたのですが(巨乳な日々のほうに掲載)カメラマンが妙な配慮をしてほとんど写してくれなかったですし。

痩せているので隠そうと思えば隠せるおっぱいゆえ服の下に隠された秘密にいっそう想像がかきたてられるものですね。

 

半井小絵 / 石田直佳

半井小絵a 半井小絵b 石田直佳a 石田直佳b

70年代からすでに「お天気お姉さんアイドル」は存在したがあくまでマスコットガール的立場でしかなかった。しかし気象予報士の制度ができて以来本当に気象の専門家であるアイドルが出現してくる。

そしてフェチにとっても密かな人気を集める気象アイドルがいてもなんら不思議ではない。本人には気持ち悪いかもしれませんけどあたくしたちも応援してまーす。

 

五月女ゆうり

五月女ゆうり

お菓子系雑誌というかなり閉鎖的世界で人気を博するアイドルさんの魅力の一つは言うまでもなく「普通さ」であると思われるが五月女さんもまさにそんな子の一人である。

タレント本人がイラスト入りで描いたプロフィールなどを読んだところで手の届かない存在に変わりないのだがもしかしたら雑誌に出ているけど普通のこの子には出会えることもあるのかな、そんな気にさせてくれるのがいいのかもしれませんね。

 

河村悠里

河村悠里

このわずか4年くらいの間に風俗やAVにおいてはFカップをもはやまったく巨乳と呼ばない時代が来てしまったようである。H、I付近は現在の日本女性において乳房の形をつぶさずに維持しうる限界あたりであると思われるがほとんどの場合このあたりでは下向きの釣り鐘にならざるをえない。悠里さんも上乳の靱帯はかなり伸びているようだがゆえに仰向けやブラをした状態で重力への抵抗を補助してあげたときに美しい形になるようだ。

これはあまり誉め言葉ではないようでご本人には申し訳けなかったのではあるが、しかしもちろんこのプチぽちゃな体型に豊かでやわらかそうなテクスチャーは私たちにとっての定番中の定番であり、抱きあい触れ合う喜びを充分に味合わせてくれるおっぱいであると思います。

 

イローダトゥリアガノヴァ / ペトラマンデュラ

イローダトゥリアガノヴァa イローダトゥリアガノヴァb ペトラマンデュラa ペトラマンデュラb

あえて日本語読みで外人の名称も記載することにしているゆえにこのあたりになるとかなり苦しいですね。

アスリートと巨乳というどう考えても並び立たない要素の両立を見るのは安心することである。しかしながらやはり巨乳な女性は運動をやめてしまう、あるいはあまり好きでない人のほうが全体の数としては多いのでしょう。ともすると不健康よりのイメージに傾くことの多い大きな胸がスポーツで揺れている姿を見るのはおおらかな気持ちとともにあらためて不健康な自分の精神を再認識させてくれるうれしさもあるものです。

 

フランジェラルド

フランジェラルド

もちろん「気に入ったから載せました」という以外大元の理由はないのであるがここにきてフランを載せるに至った道のりなずいぶん長かった。もちろん他の人にはどうでもいいことなのですけどね。アメリカでこのように重力をものともせず水平に前に突きだした胸が愛好されたのが50~60年代であり、その後はやはり垂れ下がる釣り鐘のほうに嗜好が移っていったのは面白い現象である。このタイプこそ日本人でもっとも出にくいタイプなのであるが。

豊胸手術でぱんぱんに張らせたグラビアばかり蔓延する欧米は自国の女性のこの素晴らしさを自ら失わせてしまったのであろうか。

注)当初シンシアマイアーズと混同しており誤りを掲載しており申し訳けありませんでした

 

マリアグラツィアブッチェツラ

マリアグラツィアブッチェツラ

言いにくい名前。さすがはイタリア人です。ソフィアローレンと並び称されるとまではいかなかったもののイタリアのセックスシンボルとして人気の出た女優さんである。

フェリーニ映画などを見てもわかるように南欧女性も中年になってぽちゃな女性の巨乳さんが多いようですがおそらくそういう女性は向こうの人たちは見慣れてしまっているゆえ逆に若くて痩せたグラマーさんが貴重な存在なのでしょう。

 

西川瀬里奈

西川瀬里奈

巨乳ではないですね。なんとか脂肪をつけてここまで大きくなっているタイプですがしかしこういう子にも乳房の良さを感じる想像力を燃やした時代もあったということをこのごろ特に感じているので載せました。乳房へのあこがれはそのものが多分に想像、妄想によりできあがっているものではないかと思っています。

 

野川由美子

野川由美子

女ねずみ小僧を知る人もいいかげん高年齢になっていて、今の若い人は何によって野川さんをわかっているのかな、「お葬式」あたりからかな?1950年代、60年代の女優さんについてはセクシーショット自体数が少なく、その上さらに胸が目立つものは少ないので掲載に苦労する。この理由で未だ載せられずに控えている人がけっこういるんですよねえ。

 

及川麻衣

及川麻衣

とにかくひたすら大きな胸が好きであるということはどうしようもないこととしておいておくとして、それでもって実際自分のすぐそばにどのようなおっぱいがあれば不満を持たずにいられるものかを考えてみるとき、このくらいであればもしかしていいのかもな、と思える大きさ、なんとも曖昧模糊としたことですが「巨乳が好き」というのはただ見てどうというものではなくて見ながら同時にそれに触れたときの感触を一瞬のうちに体全体で想像しておりその上で自分にとっての良さを判断しているということではないかと思われます。

ですから大きければ基本得点が高くなるため及第する率は高くなるわけですがそれほど巨大でなくとも及第するものもある、ということなのでしょう。

 

白鳥さくら

白鳥さくら

ちょっとこのポーズは違反なんですがまあいいでしょう。腕とお腹のほうでむしろ及第としたような次第です。

 

佐藤寛子

佐藤寛子

ついにサト寛を登場させるにあたりこの表紙写真に出会えたことがうれしい。どうも文字かぶりなどを気にして今まで表紙を用いることには躊躇していたところがあるが本ページの原点に戻ればいいだけのことであった。自分の心に残ったおっぱいを感じる写真を載せたい、そう、これはMY巨乳史なのですから。私としたことがこの写真には脚にまで感じてしまいましたが。

 

ウルスラスティーヴンス

ウルスラスティーヴンス

すみません、英語表記も併記しておきたかったのですが元の雑誌でもカタカナだったのでわかりませんでした。

当時は日本の雑誌は外国雑誌社から写真を買って掲載しているのがほとんであったようですが中には国内で撮影されたものも掲載されていてこれもそのようなものの一つであったらしい。何しろ60年代以前のこといなるとあたくし自身「らしい」「かもしれない」だらけなのですけど。

 

五十嵐りさ

五十嵐りさ

67年ごろのモデルさんである。もう40年近く昔のことになってしまうのですねえ。今の雑誌を見ていきなりこういうものを見るとすぐにぴんとこないものであるが、ゆっくりこちらの時代に浸るように見ているとこのころの気持ちになってくるような気がするのは面白いものである。

小学生にとってこの胸はやっぱり限りない謎と好奇心の対象でした。

 

伊藤洋子

伊藤洋子

あれ?泉ゆりさんのような気がするなあ、今も昔も改名や複数名による混乱はつきものですが。しかしかわいいおっぱいですねえ。当然のことなのでしょうけど昔のほうが自分はきっと健全であったのだなと確信できる1枚です。

 

松尾みき

松尾みき

仕事を終えて陸にあがってきた海女さんのような写真ですね。昔のほうがグラマラスを体トータルで捉えている写真が多いように思い、また明らかにエロを狙った写真は股中心ということで胸に主眼を置いた写真はなかなか探すのに苦労します。しかしこれなどはまさにそういう1枚ではないかと感じられました。

 

アネットジョンソン(Annette Johonson)

アネットジョンソン(Annette Johonson)

そう、この下乳の弧、わずかに上を向いた乳頭、このフォルムが好きだったんです。その後もクリスティーナリンドバーグなどこのフォルムでそのまま大きくなったような乳房が自分の好みとして定着していた、、はずなんですがやはり精神とはいろんな屈折によってだんだん汚れていくのでしょうね。

 

Kみなみ

Kみなみa Kみなみb

もしかしたら混血のモデルさんであったのかもしれないが、66年ごろこの豊かな胸は希少であり、雑誌でも乳房の象徴として掲載されていた。

「乳房よ そこにおまえの地図がある」

 

来見奈津子

来見奈津子

母の日かしら?(笑

ほどよいプチぽちゃ度は今の寸胴体型愛好の人にも喜ばれそうである。しかし当時20歳ごろであったとして今は50代後半くらい、どのような人生を送っていらっしゃるのだろうかなどということまで思いをはせてしまう。

 

小野真子

小野真子

いただきもののところに掲載すべきところなのですがあまりに気に入ってしまいまして巨乳史で使わせていただきたいと思います。抱き心地、触れ心地、吸い心地、いずれをとってもプチぽちゃ気味の巨乳さんを好む人には申し分ないバランスと言えるのでは。

よし古いビデオ絶対探そう、と決意してしまいました。

 

沼田靖子

沼田靖子a 沼田靖子b

なんかやっぱりわずかの罪悪感を感じてしまいますね。いくらテレビに出ていてもあたくしのページで扱われるだけで嫌だという女性は多くいらっしゃるのでしょうし。

でも好きなんですよ、本当にそのいつもほころびこぼれるような笑顔を見るのも。

 

ミライヤシマ

ミライヤシマ

このごろのアニメのような胸を極端にデフォルメしたような絵のどこがいいのか率直言ってわからない。おそらく胸を扱ってはいてもおっぱいフェチとは全く異なるカテゴリーに属するものなのだろう。このシーンを見てちゃんとミライさんの胸のほうが豊かに描かれているのはいいなと思ったものである。その当時そんなに意識して見たわけではないが後になっておそらくそのとき感じたのはこういうことなんだろうと想像できるようになった。

人それぞれ体型は十人十色、おっぱいもまたそうなのだという当たり前のことをきちんと表しているからこのわずかに太めで母性的なミライさんの胸にリアリティを感じることができたのかもしれない。

 

ディーロリンズ (Dee Rollins)

ディーロリンズ (Dee Rollins)

アメリカの巨乳雑誌の中にあってはむしろさほど大きくはないほうに入るであろう、でもなぜ気になったか。外人女性の胸を見るとき今ひとつリアルな欲情に直結しない理由の一つにその硬い質感があるようだ。特に乳腺タイプのしっかりした胸は写真的に美しくビキニスタイルもキマルのだがしかし顔を押し当てて、という妄想をもはねのけてしまうような厳しさを感じてしまう。

その点このロリンズさんのおっぱいは完全に日本女性の巨乳のタイプと言えよう。胸のアップだけ見たら日本人と思う人も多いかもしれない。特に人工乳が多く入り交じるアメリカの雑誌中にあってはこの柔らかい脂肪乳に会うと安心してしまうのである。

 

セーラ・ミミ

セーラ・ミミ

思えばまだボリュームは少なかったこのタイプの胸が30年の歳月を経て次の世代で再び脚光を浴びることとなる、とはいっても意識の高い巨乳マニアの間でのみの話であるかもしれないが。

 

玉井美香

玉井美香

思えばまだボリュームは少なかったこのタイプの胸が30年の歳月を経て次の世代で再び脚光を浴びることとなる、とはいっても意識の高い巨乳マニアの間でのみの話であるかもしれないが。

 

藍なおみ

藍なおみ

 

新井由美子

新井由美子

 

潤ゆき

潤ゆきa 潤ゆきb

80年代をいくつか拾遺させていただいたが確かに70年代にあいついで登場した迫力のある胸の人たちに比べてどこか地味で控えめな胸である。

 

高瀬春奈

高瀬春奈

高瀬さんもまだ巨乳史に掲載していなかった(んじゃないかな)のも不思議ではあるが、朝ドラを健康を害して降板ししばらくは療養していた彼女が健康的にふっくらとして復活したのを見てその胸の豊かさに驚いた。朝ドラ出演に際しよほど無理なダイエットをしていたのであろうか。

 

岩槻里子

岩槻里子

ここまで普通だともう話題にもならないということなのかもしれません。というかそもそもおっぱいが好きなどということ自体さして公の話題にするようなことでもないのでしょうけど。

 

五ノ井ひかり

五ノ井ひかり

一転して2005年の子へ。この時点のレベルでは巨乳なグラビアアイドルの中のちょうど平均レベルといったところであるがさほど巨大に見えないのに横への張り出しがあってそこが色っぽい。やはり体側より外に少しでも乳房が張り出すというのが視覚的に巨乳感を与える要素の一つであるようだ。

 

長澤奈央

長澤奈央

すみません、なぜ気に入ったのか自分でもよくわからないのですが妙に気に入りました。顔が好きだから?あながち的外れではないかもしれないですよ。けっこうその胸に合った顔というのがあるもののようなんです。

 

マリー アンナ クラヴィン

マリー アンナ クラヴィンa マリー アンナ クラヴィンb

物だけがあっても自分の心に刻まれないものはもう私にとって意味を持ちません、大切なものは自分の中にある思い出だけ。この身が滅びても思い出は残るような、そんな気持ちでいられるから人は生きていけるのかもしれない、今はそんなふうに感じています。

注)ザ・スクエア MAKE ME A STARジャケット エメロンシャンプーTVCFより

 

ミオソティス / ミレーナ

ミオソティス ミレーナ

人種は平等ではない、というよりは同質ではない。これは差別でもなんでもない当たり前のことで日本のカブトムシがヘラクレスオオカブトムシとは同じではないということと変わりはない。しかし不思議なことにこのことを無視するかのようにすべての人種を同じ土俵で競わせるものがあるのだが。

日本女性の胸が大きくなっても欧米人や黒人とは同じレベルになることはおそらくなく、それは全世界で混血が進んで遺伝子が均一化でもしてしまわない限りは続くであろう。だから昔私たちが若いころ外人グラビアのおっぱいを見て抱いた思いと今の若い人が同じように外人の巨大なおっぱいグラビアを見て思うことはもしかしてさほどは異ならないのかもしれない。

 

memory2

青木りん

まだ「青木りん」さんとなる以前、東京女事務所に出た直後にページにとりあげたところ、りんさんご本人が掲示板に書き込みをしてくださったことがあり、そのときはうれしかったな。

あれからいろいろな経緯を経てりんさんは遠い存在になってしまいました。でもりんさん、豊乳in My Lifeはずっとあなたのことを応援していましたよ。

 

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若き日の春川さん

若き日の春川さんなどは今で言うところの樽ドルの元祖とでも言えるであろうか。後にトラック野郎シリーズで
巨乳奥さんとなってからの画像をすでに掲載したが今回は登場したころの初々しい姿をどうぞ。

 

memory4

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私の思い出に特に残っているこの二人。まだ巨乳などという言葉はなかったころである。

グラビアやビデオの中の女神たちだけに恋こがれてずっと歳をとれたら幸せであったのかなあ。いやそれではとんでもない気持ち悪い野郎になるかもね、おっぱいへの欲望が現実の欲望となって苦しんだ時期も自分に何かしらプラスであったのかもしれないと思うようにしよう。

 

memory5

memory5

Kみなみさん、ですよねおそらく。まだ1960年代の雑誌ではモデル名も記載されていないことが多く不明確なことが多いのであるがこのおっぱいは当時としては稀少であった。これもまた私の数少ないお宝写真の一つです。

 

memory6

memory6a memory6b

初めて自分が感じた外国人グラビアが何であったのか、今になるとどうしても思い出すことはできない。しかし、サンドラジュリアンとかクリスティーナリンドバーグやらという名前を覚えているような人はもうかなり後のことでおそらくは雑木林に捨てられていた雑誌の中の写真に違いない。

 

memory7

memory7

なんということのない写真なのだが妙にそのおっぱいを気に入るものがある。そのたびに自分はことさら巨乳フェチではないのではなかろうかという疑問がわいた。しかしそれはまたすぐに打ち消されてしまうのではあるが、大きなおっぱいが好きということはそうでないおっぱいも嫌いではないということを併せ持っているのではないだろうか。

 

memory8

memory8a memory8b

よく官公庁などにいくと巨乳な女性が思いのほか多いことに驚かされるが堅い仕事場で見る巨乳くらい悶々とするものはない、知的雰囲気と大きなおっぱいの組み合わせこそはフェチの想像力を最もかきたてるものである。

 

奈良愛美

奈良愛美

これもう、、、なんなんだこのすごさは。なんでもっとフェチの間で話題にならないのだ、あたくしならもうすぐにグラビアになってくれるよう足しげくお参りしたいところですが。

 

長谷川恵美

長谷川恵美a 長谷川恵美b

水着でKiss meという番組を覚えていらっしゃいますか。あたくし好きだったんですよ、まだB21スペシャルの3人も若くてすごい体当たり芸でした。いくらか録画したものが残っている中から長谷川さんを載せておきましょう。

 

月山友美

月山友美a 月山友美b 月山友美c

ついにMY巨乳史外伝も最後の一人となってしまいました。これもある程度年齢のいった巨乳マニアの皆様はよくご存知の名前であると思いますが、山本晋也監督作品「痴漢女湯騒動」に出演し当時マニアの間でひそかに話題になった月山友美さんをあげて幕といたします。

私の記憶に刻まれた数限りないおっぱい、果たして今際の際に現れる胸はだれのものなんだろうなあ、ご報告できないのがとても残念です。