MY巨乳史外伝AV拾遺其の壱

私はこのMY巨乳史を書くにあたり1980年代半ばごろからAV嬢の数が急に多くなることに関して当初はページ全体のバランスを考えてこのような「プロの巨乳さん」枠を全体の30~40%程度に押さえておくことにして相当な数のAV嬢について思い出をもちながらも間引きして掲載した。

しかしAV嬢にはいろいろな気持ちに応じてそれぞれ個性的な豊乳を私に恵んでくれた忘れ得ぬ人たちが多く、やはりそのままにするに忍びない気持ちが日々強くなってきた。そこで今回は某先輩ページの管理者の助言も得てそのような豊乳女神たちについてつたない文ではあるがいとおしい思いをつづらせてもらうことにした。まずはその第1弾です

 

岸ゆり

岸ゆり

これほどお世話になった素晴しい豊乳を載せないでおいたなんて罰当たりだー。しかしちょっと個人的グチになるがアダルトビデオというのは往々にして「貸す」=「あげる」の同意語になってしまう傾向があり、特にアダルトビデオを刹那の楽しみのための消耗品としかとらえていない人たちにとってははなから返すという発想すらないらしい。

私たちのような者にとって巨乳さんの画像がいかに大切なものかなどは理解しようもないらしくこれを言うとかえって「おまえは変なお宅だから気をつけたほうがいい」などと言い出す始末であるからいつのころからか巨乳ビデオはダビングしてしか貸さないようになった。

岸さんはそのようなわけで手元からビデオが無くなっている状態で掲載を断念したいきさつがある。しかし九鬼における彼女の演技はよかったねえ。仰向けで腕をクロスしての胸を揺らす映像はその後巨乳物では定番になったが岸さんはおそらくそれが似合う女優の先駆けだったのではなかろうか。

 

西野美緒

西野美緒a 西野美緒b

和製トレイシーローズの異名さえ戴いた西野さんはたしかに外人的バランスのボディーでこれほどの胸でもあまり「巨乳」感は感じさせなかった。

セックス時の反応も外人女優のそれに似ていて男優に攻められているようで実は完全に自分のペースでリードして攻めていく、駆け出しの男優では演技の上であっても思わず溺れさせられてしまいそうになったのではなかろうか。保険外交員とか訪問販売員とかはAVでおきまりの設定であるがこれらが誰よりも似合う方であったように思われる。

 

北原志穂

北原志穂a

岸さんと同じ理由でお気に入りだったビデオを失ってしまっていたショックで(?)掲載が遅れてしまっていた子である。

このようなロリっぽい感じの子は必ずと言っていいほどブルマー姿の生徒の役で、わざとらしくジャージ姿に竹刀を持った先生役のチョコボさんなどに面白おかしく遊ばれるという設定が回ってくるのであるが、たぶんもう少し年齢が高くなってくるととてもいい感じの母性や包容力が出てくるのではないだろうか。しかし残念ながらそのような年齢でもAVを続けてくれる人は少ないのが残念である。

志穂のお乳はミルクタンクというキャッチフレーズが懐かしいが本当のミルクタンクになってからの胸も是非見てみたいものである。今ではかわいい「ママ巨」になっていればいいですね。

 

星みちる

星みちるa 星みちるb

ドラマの女優さんについてついついそのドラマの中の役柄の人の性格がその女優さん本人の性格であると錯覚してしまうことはざらにあることである。

星みちるさんもおとなしそうないでたちで陵辱されるばかりの性格が印象に残ってしまいがちだが普通に恋人になってエッチを楽むとしっかりと自分の快感をエンジョイできるようなタイプかもしれない。白くてふわふわのマシュマロタイプの胸、癒しなどという流行語が存在しないころからもしっかりとその豊かなまるみは私たち胸フェチをなぐさめてくれていたのです。

 

松田千夏

松田千夏a 松田千夏b

1990年代後半の「コギャル」繁栄の波は当然AV界にも押し寄せた。コギャルAV嬢の数はかなり増えたが千夏ちゃんもそんなタイプの一人である。

一世代以上前の人間にとっては彼女たちが何でも抗菌仕様の製品を買うくせにだれがゲロしたかわからないような駅のホームの隅の地べたに座りこんでお化粧したりサンドイッチを食べている衛生観念にはどうもついていけないものがあるが同時にエッチに関する常識も10年前のAV嬢たちに比べてずいぶん変わってきているようである。せっかくこのようにきれいに育った胸に恵まれているのだからあまりがさつに扱わないでどうぞ大切にみがいていってほしいものです。

 

大沢 環(たまき)

大沢 環(たまき)

ここに掲載するということはもちろん私にとってフェバリットであるからだということをあらかじめことわっておいた上でこの人については願望のようなことを言わせていただく。

トップ125cmのIカップでいったいまだ何が不満なのだ、と叱られるかもしれないがたしかに身長160cmくらいで華奢な体の子にこの胸がついていればもう問題が無いし、絶対的な大きさは充分あるので実際に相対すれば甘えるのにもいい大きさかもしれない。だがしかし環さんのボディだからこ相対的な意味でこれではまだまったく達しきれていないもどかしさを感じてしまうのである。

175cmの身長でこれくらいの体の横幅を持っているこの体型においては乳房の根本が扁平につぶれてしまわないもっと太い裾野でなくては体に見合う大きさまで成長ができないのであろう。彼女くらいの体型ならばトップが150cm程度でアンダーとの差が50~60cmといった桁はずれの領域もけっして夢のレベルではないと思えるのだ。

もっとも今まだこのような数値を日本女性に求めるのは過大な要求かもしれないがいずれは現れてくるだろうし今でも皆無ではないかもしれない。環さんの大柄なボディにはそんなこれからの巨乳の可能性を託してみたくなるのである。

 

牧瀬めぐみ

牧瀬めぐみ

私は当時業界で肩を切っていたダイヤモンド映像の作り方があまり好きではなかった。エッチに関しては村西監督に代表される独特のポリシーがあったのだろうが少なくとも巨乳好きの心理を理解した作り方ではないなあと感じていたからである。だから牧瀬さんについても他からならよかったのにと残念な思いを持ちつつ見たものである。

性急すぎる場面展開でゆっくりと乳房の魅力に浸る余裕がほしかったと今でも思うのですがいかがでしょう。

 

庄司みゆき/田中露央沙/いとうしいな

庄司みゆき 田中露央沙 いとうしいな

こちらのページを見てくださっている方の中には80年代中盤から90年代の前半にかけて活躍した多くの巨乳系AV女優が意外と登場しないことに気づかれていることと思う。

たとえば比較的早い時期の菊池エリさんに始まって樹まり子、五島めぐ、木田彩水、あいだももといったところである。私はもちろんこれらの出演作品もほとんど見てはいるのだがそのころの自分は「圧倒的な迫力」を感じたい気持ちが強かったため今ひとつ満足しれていなかったように思われる。

ビデオのキャッチコピーも「巨乳」をうたっていながら内容はあまり巨乳へのこだわりを見せてくれないものが多かったこともある。しかしこのあたりの時代の人たちにまったく触れないのも味気ないので何人か当時気に入っていた人を何人かピックアップしてみた。

立ってのセックスは最高と評されていた庄司さんはけっこう好きでした。立っても寝ても味のあるエッチでしたね。元気娘の田中露央沙さんもそのぷっくり乳輪が気に入っていましたね。そしていとうしいなさんはあまり巨乳ではないと思いつつその垂れかたがけっこういいなあと思っていました。

それぞれの子についてゆっくりと胸を鑑賞する余裕があったらもう少し違う感想も持てたように今になると思えるが当時はそういう点でも性急でバブルな時代であったのだろう。

 

小泉陽子

小泉陽子a 小泉陽子b

筆者がエッチしたい巨乳さんは?と聞かれると5番以内に入ってくる方です。時々巨乳ページの掲示板で「ウェストが締まっていて胸はFカップくらいが一番いいと思う」というような書き込みを見かけることがあるが、体全体のスタイルの一部分として大きな胸を欲しているいわゆる「ナイスバディ派」の人たちにとっては小泉さんなどは問題外なのかもしれない。

そしてかとうれいこに憧れ、青木裕子に惚れ抜き小池栄子を賞賛する私が同時に森川まり子、大沢環、春奈、渡会そしてこの小泉さんといったところもまったく区別せず魅力を述べることも理解しにくいことかもしれない。そのような人からは「ただ大きければいいんでしょ」と言われるかもしれないが、もちろんそれは基本ではあるもののすべてではないんだなあ。

さて、小泉さんもさすがに脱いでまっすぐに立つと乳房は扁平につぶれて「水枕型」になって垂れさがるがしかしそれでもこの重量に耐えてこの丸みを保っていれば充分魅力があるし、巨大になるあまり自らの大きさに耐えられず手から型崩れを起こしながらこぼれ落ちる様というのも巨乳の良さである。巨大なもののみが得られる特権的光景とでも言えよう。たわいのない話をしながら彼女に「腹まくら」になってもらって中指や薬指のように不器用な指でゆっくりと乳輪や乳頭を撫でてあげたいものです。